「一太郎」特許侵害事件①

今回は、ジャストシステムが製造・販売するワープロソフト「一太郎」が松下電器特許権を侵害するとして松下側が提訴したという、「一太郎」特許侵害事件を取り上げます。松下製品の不買運動が提唱されるほどの反響が生じた事案であるとともに、知的財産高等裁判所知財高裁)で初めて大合議の対象となった事案であり、知財マニアの管理人としては見逃せないということで取り上げさせて頂きます。
なお、本事案では東京地裁での松下勝訴の判決と、控訴審たる知財高裁でのジャストシステム逆転勝訴の判決とがありますが、以下では控訴審判決(判決文はこちら)につき検討いたします。


そもそも知財高裁とは?大合議とは?
まず、控訴判決をした「知的財産高等裁判所知財高裁)」および知財高裁によってなされる「大合議」について簡単な説明をします。知的財産に関する事件の判断には知的財産法のみならず自然科学等の専門知識を要する場合が多いです。しかしながら、裁判官の大多数は、法学部出身であるためこれらの能力が十分とは限らず、妥当性を欠いた判決がなされるおそれや、判決がなされるまで著しく長期間を要するおそれが指摘されていました。前者については実際に問題となった事件はなかったようですが、後者に関しては産業界から強い批判がなされており、紛争当事者が双方とも日本企業であるにもかかわらず、迅速な解決を図るためにあえて米国の裁判所に訴訟を提起する企業が現れるなど、大きな問題とされていました。
このため、経験が豊富な裁判官からなる知的財産専門の知財高裁を設け、知的財産に関する事件について控訴審知財高裁の専属管轄とすることによって、知的財産に関する事件について適切かつ迅速な審理の実現を図っているのです。具体的には、知財高裁は東京高裁の特別の支部という形で設置されており、高度の専門性を有する総勢18名の裁判官によって構成されています。

では、「大合議」とはどのような審理、裁判をいうのでしょうか?知財高裁では第1部〜第4部に分かれて裁判官が配置されており、通常の事件であれば、第1部から第4部のいずれかの部局にて審理、裁判がなされます。しかしながら、一定の重大事件であって慎重な判断が求められる場合には、このような分配はなされずに知財高裁の所長、各部の部総括裁判官等の5名の裁判官によって構成される特別部が審理、裁判を行うこととしており、このような審理、裁判のことを「大合議」と称しています。
また、特別部を構成する裁判官は上記5名ですが、これら5名の裁判官は各自が所属する部の他の裁判官と事前に討議した上で特別部での審理、裁判に臨むことが要請されています。従って、実質的には知財高裁に属する裁判官全員の意見が反映された上で判決がなされることとなります。このような点を考慮すれば、知財高裁における大合議の判決は、最高裁判所における大法廷判決と同様のものというイメージでよろしいのではないでしょうか(注:あくまでイメージです。厳密には相違点が結構あります)。
大合議判決の効力については通常の判決と法律上の差異があるわけではありません。しかし、高度の専門性を有する知財高裁の全裁判官の意見を反映していることから、事実上の先例としてかなり高度なレベルで尊重されるものと考えられますし、そのような効果を期待して大合議という制度が設けられたものと思われます。従って、実務上でも大合議によってなされた判決は重要視されており、本ブログでも取り上げてしかるべし、ということになるのです。


特許権にかかる発明の概要
知財高裁および大合議の重要性を明らかにした次に、裁判の対象となった特許権にかかる発明の内容を説明します。そもそも特許権侵害訴訟では、原告の特許権が有効であるという前提のもと、被告が特許権を侵害している場合に初めて原告が勝訴することとなります。このため、被告としては敗訴を免れるために①被告は特許権を侵害していない、または②そもそも原告の特許権が無効である、という主張を行うことが通常であり、本事案も例外ではありません。
これらに関する当事者の具体的な主張の内容およびその可否については次回以降検討しますが、検討の前提として特許権が与えられた発明の内容について明らかにする必要があります。

特許発明につき記載した特許明細書(特許第2803236号)に記載された「特許請求の範囲」によれば、以下の①〜⑤に記載した構成要件を備えた情報処理装置です(なお、簡単のため本ブログでは請求項1にかかる発明のみ扱います)。
①アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる「第1のアイコン」
②所定の情報処理機能を実行させるための「第2のアイコン」
③第1、第2のアイコンを表示画面に表示させる「表示手段」
④前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する「指定手段」
⑤前記指定手段による,第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる「制御手段」

特許権の範囲を広く確保するために「特許請求の範囲」は抽象的な、率直にいえば分かりにくい表現となってますが、端的に言えば要件③はパソコンでいうところのグラフィックコントローラであり、要件④はマウス等のポインティングデバイスと考えてよいと思います。また、要件①、②は画面上に表示されるアイコンを指し、要件⑤は所定のプログラムに従って動作するCPUを指すと考えられますが、それぞれ特別の機能を有しており、これが特許発明の特徴となっています。

具体的には、マウス等によって第1のアイコンを指定し、引き続いて第2のアイコンを指定することによって、ディスプレイ上に第2のアイコンの機能説明、例えば第2のアイコンによって実行される所定の情報処理機能に関する説明が画面上に表示される、というのが本発明の特徴です。


以上の通り特許発明の内容を明らかにした上で、被告製品が特許権を侵害する性質のものか、および特許権が無効となるべきものか、を論ずるのですが、それは次回のお楽しみということで一旦締めます。