インクカートリッジ事件③

インクカートリッジ事件の続編です。今回は、知財高裁が示した特許権消尽の判断基準について検討します。

前々回にも簡単に触れたように、特許権消尽の判断基準としては、侵害を疑われる者の行為が新たな「生産」に該当する場合には特許権は消尽せずに特許権侵害が成立し、「修理」に留まる場合には特許権が消尽して特許権侵害が成立しない、とするほぼ定まった学説があります。本事案の第一審判決もこの学説を基本としており、「生産」か否かの具体的判断基準として、「特許製品の機能,構造,材質,用途などの客観的な性質,特許発明の内容,特許製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度,取引の実情等を総合考慮して判断すべき」としました。

ところが、控訴審たる知財高裁は、このような判断基準を採用しませんでした。それでは、第一審の判断基準は何が問題だったのでしょうか。

まず、知財高裁は、第一審判決が定めた、特許権消尽の有無を判断する際の「生産」の概念が、特許法2条3項1号に規定する「特許にかかる物の生産」の概念と異なるものとなっていることを問題としています。具体的には、通常の特許権侵害事件では製品の機能等を問題とせずに客観的に生産か否かの判断が行われるのに対して、特許権消尽が問題となる侵害事件では様々な要素を考慮するのはおかしくないか、ということです。

そもそも上述の学説は、製品に対して改変行為がなされた場合にも特許権消尽が成立することを原則としつつも、改変行為が特許法2条3項1号に規定する生産に該当するほど重大なものであれば、それは新たな特許発明の実施(特許法2条3項)であって特許権消尽を認めるべきではない、という考えを根拠としています。であるならば、特許権消尽の判断基準としての「生産」の概念は特許法2条3項1号の「生産」の概念と本来的には一致していなければおかしな話となってしまいます。知財高裁はこの点を問題としたのでしょう。

また、知財高裁は、「生産」に該当するためには特許製品に対して物理的な変更が加えられることが前提となり、物理的な変更がなされていない場合には常に特許権消尽が認められる恐れがあることを指摘しています。すなわち、特許権消尽は、特許にかかる製品の流通促進という実施行為独立の原則の例外を認める必要性と、実施行為独立の原則の例外を認めても特許権者による発明の対価取得が十分可能であるという許容性から導かれるものです。であるならば、特許権消尽を認めるか否かの判断基準はこれらの必要性・許容性の有無を反映したものとすべきですが、必要性・許容性の有無と直接関係のない、特許製品に対する物理的な変更を要件とすれば本来特許権消尽を認めるべきでない場合にも消尽が認められかねず妥当性を欠く、ということです。本事案では、インクカートリッジのキャップを一旦外してインクを注入した後、再びキャップを嵌めて元に戻すという行為が行われています。したがって注入されたインクを除けばインクカートリッジ(の容器といった方が正確でしょうか)に物理的変更は生じておらず、「生産」に該当する余地はないとも考えられます。しかし本事案はこのような形式的な基準で判断することに適していないため、知財高裁は第一審が定立した判断基準を否定することとしたと思われます。


それでは、特許権消尽の例外が認められる基準として、知財高裁はいかなる判断基準を定立したのでしょうか。上述の通り、特許権消尽は、特許にかかる製品の流通促進という実施行為独立の原則の例外を認める必要性と、実施行為独立の原則の例外を認めても特許権者による発明の対価取得が十分可能であるという許容性から導かれるものです。とするならば、製品の流通促進を図る必要がない場合であって、かつ特許権者に再度の対価取得を認めるべき場合には、例外的に特許権消尽を否定すべきということになります。このような考えに基づき、知財高裁は以下の2つの基準を定立しました。

具体的には、知財高裁は、①特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合、または②当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合には、特許権は消尽せず依然として特許権者による権利行使が可能としました。

要件①(以下、判例に倣って「第一類型」といいます)の場合を特許権消尽の例外とした理由は以下の通りです。すなわち、特許権消尽の趣旨は市場における製品の流通促進にあるのですが、製品としての耐用期間を経過したものもはや製品として通用せず、そもそも市場にて流通することはありません。したがって、そのような製品(元製品というべきか?)に特許権消尽を認める必要はなく、特許権消尽の例外を認める余地が生じます。また、ある特許製品の耐用期間が経過した場合、その代替として新たに製造された別の特許製品が市場に流通するのが通常ですが、新たに製造した特許製品に対して特許権者等が別途対価を取得する行為はライセンス料の二重取り等には該当せず何ら責められるものではありません。むしろ、ある特許製品に対して、その効用を終えた後に再使用等がなされた場合に特許権消尽を認めることは、新たな特許製品の製造を妨げてこれに対する特許権者の正当な対価取得を妨げることとなり、「発明の対価取得が十分可能」という特許権消尽を認める許容性に反する事態となります。以上のことから、知財高裁は第一類型を特許権消尽の例外として判示しました。

また、要件②(判例に倣い、以下「第二類型」といいます)を特許権消尽の例外とした理由は以下の通りです。すなわち、特許製品とは特許発明を具体化した点に特許法的な意義があると解されるため、特許法的な観点からは特許製品の同一性とは、当該製品に関する「特許発明の具体化」という行為が単一であることを指すことになります。つまり、物理的構造に変化がなかったとしても、当該特許製品に関して新たに「特許発明の具体化」がなされたと認められる場合には、特許法的観点からはもはや別個の新たな特許製品が創出されたと認められます。そして、別個の特許製品が創出されたのであれば、同一製品に関する流通促進という特許権消尽の必要性を認める余地はありません。また、別個の特許製品であれば特許権者等に新たな対価取得の機会を与えることがむしろ公平の観点から妥当であり、権利行使を否定しても発明の対価取得が十分可能であるという特許権消尽の許容性も認められません。

若干分かりづらい説明となってしまいましたが、知財高裁は、このような「特許発明の具体化」という行為として、特許発明の本質的部分を構成する部材等につき加工等を挙げており、これらの行為がなされた場合には、以後の特許製品について特許権消尽の例外として特許権の行使を認めるとしたのです。

なお、上述の理屈からすれば特許発明の任意の部分につき加工等すれば消尽の例外が認められるべきであって、特許発明の「本質的部分」についての加工等を要するものとする必要はないと解することもできます。しかしながら、発明とは従来解決できなかった課題を解決するところにその意義があり、特許発明の一部であっても課題解決に無関係な部分について加工等をしてもその行為を「発明の具体化」と解することはできないと解するべきでしょう。したがって、特許発明のうち課題解決を基礎付ける部分に該当する「発明の本質的部分」について加工等した場合に「発明の具体化」がなされたとして特許権消尽を否定すべきと考えます。

ここまで長くなってしまったので、本事例が第一類型、第二類型に該当して特許権消尽の例外が認められるか否かについては、次回検討します。

インクカートリッジ事件②

インクカートリッジ事件の続きです。今回は、①被告がリサイクル業を営んでいたこととの関係で、地球に優しいリサイクル業を抑圧するような原告の差止請求を認めるべきではない、という主張と、②特許製品に関する原告のビジネスモデルが道義上問題であるため、原告の請求を認めるべきではない、という主張について検討します。

前回、管理人は上記の主張がネット上でなされていたと述べましたが、正しくはネット上の主張に加え、当事者も現実にこれらについて訴訟上主張を行っていました。管理人は当初、これらの主張は法律に詳しくない方々の素朴な感想という捉え方をしていたのでちょっとびっくりしました。当事者がいかなる根拠でこれらの主張を行ったかが当初わからなかったためです。以下、このことに関して若干の説明をします。

まず、原則として、訴訟上で何らかの主張をするにあたっては、法律上の根拠が必要となります。つまり、「だってかわいそうじゃないか」というだけでは訴訟上の主張としては認められないのが原則です。本事例では特許権侵害を理由とした被告の製品の製造・販売に対する差止請求が問題となっているのですから、上述の主張をするためには、差止請求に関して、「ただし、リサイクル品に対しては特許権の効力が及ばない」とか、「特許権者は道義上妥当な事業を行ってなければならない」等を内容とした法律上の規定ないしは判例上の根拠が必要となります。

もっとも、本事案においては、第一審が特許権の消尽が否定される場合となる「生産」か、消尽が肯定される「修理」かの判断基準として「特許製品の機能,構造,材質,用途などの客観的な性質,特許発明の内容,特許製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度,取引の実情等を総合考慮して判断すべき」としています。上述の主張は、この判断基準のうち、「取引の実情」に関するものと考えれば、法律上の根拠があるといえるでしょう。おそらくは、原告・被告とも、そのような考えの下で主張を行ったものと考えられます。

しかしながら、次回明らかにするように知財高裁は、特許権の消尽が認められるか否かの判断基準として、第一審とは異なる考えを採用しています。このため、第一審における判断基準を基礎とした上述の主張は、法的根拠を欠くこととなり、原告の請求の当否の判断材料とされないのが原則です。

ただし、本事案では、例外的に知財高裁は権利濫用に該当するか否かの判断材料として上述の主張を用いています。結論としては権利濫用を否定しているので、裁判所としては必ずしもこのような検討を判決文で明らかにする必要はないとも考えられるのですが、おそらくはネット等で広く議論されていることを踏まえて敢えて判断を示すこととしたのでしょう。具体的には、以下の通りです。


まず、リサイクル事業を保護するために特許権侵害の成立を否定すべきという①の主張についてです。裁判所は、「環境の保全は,現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保及び人類の福祉のために不可欠なもの」であることを根拠として、特許法の解釈に関しても、「環境の保全についての基本理念は可能な限り尊重すべき」としています。もっとも、このことは環境保全に資する技術を積極的に特許として保護すべきということであって、実施許諾を受けられないことにより環境保全の理念に反することとなったとしても、そのことのみをもって特許権者の権利濫用が肯定されるものではない、とも判示しています。

その上で本事案について具体的に検討し、本事案が「環境保全の理念に反する場合」にも該当しないとして、主張①を否定する結論を導いています。すなわち、被告のリサイクル事業は確かに環境保全の理念に沿うものです。しかしながら、原告も使用済みのインクカートリッジを回収してセメント製造の熱源として再利用しており、このような行為も、程度の差こそあれ環境保全の理念に沿うものです。したがって、被告の行為を差止請求を認めて原告の行為のみを実現することが、環境保全の理念に反するとまではいえない、としています。


次に、裁判所は、主張②に関して原告のビジネスモデルの妥当性を検討しています。まず、原告が製品の価格を不当に高く設定して消費者に害を与えているとの被告の主張に関しては、これを認める証拠はないとしています。のみならず、「特許製品や他の取扱製品の価格をどのように設定するかは,その価格設定が独占禁止法等の定める公益秩序に反するものであるなど特段の事情のない限り,特許権者の判断にゆだねられている」とした上で、本事例では特段の事情も認められないとしています。

また、仮に原告が不当な価格設定を行っていたとしても、原告製造の純正品と被告製造のリサイクル品の価格差が、原告による製品開発の費用等を考慮すれば大差ないという事実関係を考慮すれば、少なくとも価格設定に関して被告が原告の不当性を主張する立場にはない、と判断しています。以上の判断に基づき、裁判所は、原告のビジネスモデルを根拠とした権利濫用の主張は認められないと結論付けています。

平たく言えば、裁判所は、仮に原告が環境破壊をほしいままにしている状況でリサイクル業者に権利行使をした場合、または不当な価格設定により暴利をむさぼっている場合等には、権利濫用の法理をもって権利行使を否定することがありうるとしつつ、本事例はこれらに該当しないと判断しています。このような判断基準および本事例に関する判断は、バランスの取れたものといってよいのではないでしょうか。

今回はここまでです。次回は、特許権の消尽の成否の判断基準、及び本事例における特許権の消尽の成否に関して検討します。

インクカートリッジ事件①

前回予告したように、今回は3番目の知財高裁大合議判決たるインクカートリッジ事件について扱います。株式会社キヤノンが有する特許技術を利用したインクカートリッジに関して、再生品を製品化し、販売していたリサイクル・アシスト株式会社が、特許権者たるキヤノンから特許権侵害で訴えられた事案です。

プリンタメーカーとしても名高いキヤノンはプリンタそのものに加え、プリンタに使用するインクカートリッジも製造・販売していました。これに対して、被告(正確には「被控訴人」ですがわかりやすい表現にします)たるリサイクル・アシスト社は、使用済みのキヤノン製インクカートリッジを回収してインクを再充填すること等により再び製品化し、リサイクル品として販売していました。このような再生・販売行為に対して、キヤノン社が自己の特許権を侵害するとして、行為の差し止めを求めたのが本事案です。

本事案では被告の再生品が原告(正確には控訴人、要するにキヤノン)の特許発明の技術的範囲に属すること、および原告の特許権が有効であること(つまり、無効理由がないということ)、のいずれについても原告・被告間で争いはありませんでした。そのため素人的には特許権侵害が成立することに争いがないとも考えられますが、被告は本事案のインクカートリッジに関しては特許権が消尽しているため特許権の効力が及ばないとして、特許権侵害が成立しないとの主張を行いました。「特許権の消尽」という考えは過去の裁判例でも採用されており考え自体は新しいものではないのですが、本事案で果たして採用できるかが問題となりました。

これとは別に本事案に関してネット上では、被告がリサイクル業者であったことから、「地球環境に優しいリサイクル事業を禁止してよいのか」という意見がありました。また、原告がプリンタの価格を抑えて自社製品の普及を図る一方、プリンタに用いられる消耗品たるインクカートリッジの価格を引き上げることによって利益を確保していたことから、「そもそも原告のビジネスモデルに道義的な問題があるのだから、原告を保護する必要は無いのではないか」という意見もありました。このような背景もあって、本事案は世間的にもかなりの注目を集めました。

今回は、本事案にて採用の可否が問題となった「特許権の消尽」について、本事案の理解のための前提知識として検討します。ネット上のご意見に対する検討、および本事案で特許権の消尽という考えが採用されるか否かについては次回以降に検討します。

本ブログでも何度か言及したように、特許権侵害は、特許権が成立した発明の権利範囲(≒技術的範囲)に含まれる製品を、業として(個人的または家庭内での利用を除くということ)、実施した場合に成立します(方法の発明に関しては省略。以下同様)。そして、「実施」とは、特許発明にかかる物(製品)を「生産、使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出」する行為をいいます(特許法2条3項)。そして、実施行為はそれぞれ別個のものであって、互いに無関係に特許権侵害が成立しうるとされています(いわゆる実施行為独立の原則)。

このような特許法の定義からすれば、製造行為(生産)と販売行為(譲渡)とは別個の実施行為であり、実施行為独立の原則を徹底した場合、製造・販売のそれぞれに関して複数の特許権侵害が成立すると解釈することが可能とも考えられます。具体的には、家電製品につき特許権が存在する場合には、製品を製造する家電メーカーに対してのみならず、家電メーカーから製品を仕入れて消費者に販売する小売店に対しても特許権を行使することが可能であって、例えば特許権者は家電メーカーと小売店の両者からライセンス料を徴収することができるということです。

しかしながら、小売店にしてみれば取り扱っている製品のすべてについて特許権者の販売許諾を得ることは非常に煩雑です。のみならず、小売店に対してこのような行為を要求することは製品の流通を妨げることにつながり、実施行為独立の原則を徹底することによって産業の発達という特許法の目的に却って反するおそれがあります。一方で、特許にかかる製品が市場で流通するというのはいわば当然の前提ですから、特許権者としては家電メーカーにライセンス料を要求する際に市場での流通も考慮した額とすればよいのであって、実施行為の独立の原則の例外として、小売店に対するライセンス料の請求を認めなくとも不当な制限とはなりません。のみならず、実施行為独立の原則を徹底した場合には一つの製品に関してライセンス料を二度取りすることを認めることにもつながりかねませんので、公平の観点からも問題があります。

このような、特許にかかる製品の流通促進という、実施行為独立の原則の例外を認める必要性と、実施行為独立の原則の例外を認めても特許権者による発明の対価取得が十分可能であるという許容性から、特許権の消尽という考えが生まれました。具体的には、特許権の消尽とは、「特許権者または特許権者からライセンスを供与された者が特許発明にかかる製品を譲渡した場合には、特許権者は、かかる製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等に対し、特許権を行使することができない」という考えをいい、上述の例でいえば特許権者は、正当な権限を有する家電メーカーから製品を仕入れた小売店に対して特許権を行使できないこととなります。

特許権の消尽については特許法上の条文上の直接的な根拠はないものの、考え方そのものは特許制度全体の趣旨から導かれるものであり、学説上も、判例上も確立されています。その意味で、特許権の消尽という考え方そのものの是非については本事案でも問題とはなりませんでした。

もっとも、特許権の消尽に関しては別の問題があります。上述の例のように単純に製品を転売したのであれば話は簡単なのですが、一旦特許権者ないしライセンス供与を受けた者によって製造された製品が改変された場合に、改変後の製品は特許権が消尽した製品と認められるのか、という問題が生じるのです。

この点、単にネジを交換しただけなどの軽微な改変であれば問題となりません。軽微な改変がなされたに過ぎない製品であれば流通促進という必要性および消尽を認めても対価取得が可能であるという許容性といった特許権の消尽という考えの趣旨は依然として妥当するためです。しかしながら、重大な改変、例えばかつて流通していたが今は全く使い物にならない、いわば「製品の残骸」を材料として用いて新たな製品を製造・販売した場合には、実質的には0から特許にかかる製品を製造・販売した場合と同視できます。このような場合、むしろ特許権の効力を及ぼすことが妥当であり、特許権の消尽という考え方を適用すべきではありません。このように、製品に事後的な改変が施された場合には、単なる製品の転売の場合と異なり特許権の消尽を認めるべきではない場合が生じます。

それでは、特許権の消尽を認めるべき場合と認めるべきでない場合とをいかなる基準によって区別すべきでしょうか。

一つの考え方としては、改変行為が単なる「修理」に留まる場合には特許権の消尽が認められるのに対して、新たな「生産」に該当する場合には別途実施行為がなされたとして特許権の消尽を認めないというものがあります。この考えは、改変行為が新たな生産に該当する場合には、前提として改変前の製品が特許製品としての機能を消失しており、改変後の製品に特許権が及ぶこととしても特許製品の流通を妨げないこと、および本来であれば特許権者等は機能を失った製品に代わって新製品を販売することによって新たな利益を得られたところ、再生産品によってそれが妨げられることとなり発明の対価取得が困難となること、等を理由としていると考えられます。一方で、単なる修理であればこのような理由は当てはまらず、原則どおり特許権の消尽を認めても問題ないということになります。

このような考え方は広く学説上で支持されており、かつ本事案の第一審判決でも採用されています。しかしながら、知財高裁はこのような基準を採用せず、新たな規範を定立しています。新たな規範を定立した理由および規範の内容についてはおいおい触れますので、しばらくお待ちください。というわけで、以下次回へ。

パラメータ事件③

パラメータ事件完結編です。今回は「特許法36条6項1号の「(発明が)『発明の詳細な説明』欄に記載された」といえるためにはどの程度の記載が必要なのか」という問題点①について検討します。

文字通り解釈すれば、「発明」は特許請求の範囲の記載内容によって特定される以上、「発明の詳細な説明」欄に特許請求の範囲の記載内容と同様の記載がなされていれば36条6項1号を満たすと考えることも可能です。実は特許明細書には「課題を解決する手段」という項目があって、数年前にはそこに特許請求の範囲の記載内容がデッドコピーされていました(今もそうなのかな?)。当時管理人が特許事務所(特許明細書を書くことを仕事としている事務所です)の方に「なんでそんなことをするのか?」と質問したところ、36条6項1号違反を防ぐためだ、とお答えいただき納得した記憶があります。

しかしながら、再三ご説明したように本号はそのような形式的な要件ではなく、特許制度の根幹に基づく規定なわけで、その趣旨は発明を公開することの代償として特許を付与する以上、特許明細書には発明の技術的意味を開示する必要があるというものです。従って、形式的に特許請求の範囲の記載がコピーされているだけでは足りず、特許請求の範囲に記載された発明の技術的意味を記載しなければ36条6項1号を満たさないことになります。それでは、ここでいう「技術的意味」とは具体的には何を指すのでしょうか?

そもそも発明とは何か、というと難しい話になるのですが、要は発明とは今までに出来なかったことを実現するためのものです。であるならば、「発明の技術的意味を記載した」とは、いかにして「今までに出来なかったこと」を「実現したのか」ということを当業者(一般レベルの専門家)が技術的な観点から理解できる程度に記載することである、と解釈するのが素直でしょう。具体的には、当業者にとって「なるほど、確かにこれなら課題を解決できるな」と納得できる程度の技術的記載がなされていることが、「発明の技術的意味を記載した」と認められるための条件といえそうです。この程度にまで技術が開示されていれば、開示内容を参考にして新たな改良発明等を創作することが可能となり、「発明の公開」を要求した特許制度の趣旨にかなうこととなるためです。

なお、「今までに出来なかったこと」とは特許明細書の項目でいえば「解決すべき課題」に相当するといってよいでしょう。従って、「発明の技術的意味を記載した」と認められるためには、当業者にとって技術的観点から「解決すべき課題」が解決できると納得しうる程度の記載がなされていることが必要と考えられます。

さらに突っ込んで、「発明の技術的意味を記載した」と認められるには具体的にどのような記載が必要でしょうか。まず、素直に考えれば、どのような技術的メカニズムによって課題が解決されたかを具体的に説明しているということが考えられます。例えば、a成分を含むことを特徴とする癌治療薬の発明で言えば、「a成分ががん細胞に選択的に付着し、がん細胞が吸収した栄養分を横取りして消費することによりがん細胞の増殖を抑制する(あくまで架空の事例です)」というような説明です。このような記載がなされていれば、36条6項1号を満足するといってよいと思います。

もっとも、すべての発明について技術的メカニズムを明らかにすることは現実には不可能です。例えば上述の癌の治療薬のような医薬品の例で言えば、様々な成分について動物実験を繰り返したところ、a成分を含む薬品に関して顕著に良好な結果が得られた、ただし、なぜ良好な結果が得られたのかは解らない、といったことがしばしば起こります。このような発明に関してすべて36条6項1号違反とすることは、技術の発展を通じた産業発達を目的とする特許制度に却って反することとなり、妥当ではありません。また「論より証拠」という言葉があるように、理論(技術的メカニズムの説明)のみならず証拠(厳然たる事実)によっても当業者は課題解決が可能であることを納得し得ると思います。従って、技術的メカニズムが明らかでない場合であっても、明細書に記載した実験結果等によって課題解決が可能であることが明らかに出来る場合には、やはり「発明の技術的意味を記載した」といえると解すべきでしょう。

ただし、ここで注意しなければならないのは、実験結果等は発明の技術的範囲全般について示される必要があるという点です。例えば、「a成分、b成分、c成分のうちいずれか一つを含む癌治療薬」という発明であれば、a成分を含む治療薬についてのみならず、b成分を含む治療薬、c成分を含む治療薬に関しても有効性を示す実験結果が必要となります。仮にa成分を含む治療薬に関する実験結果のみが記載されていた場合には、当業者はb成分、c成分を含む治療薬が課題を解決できることを納得できないためです。同様に、技術的範囲が一定の広がりを有する発明に関しては、技術的範囲全般にわたって証拠としての実験結果を記載することが必要となります。本事例のパラメータ発明とは、ある特定部分に関して数値的な広がりがある発明をいうのですが、パラメータ発明に関しては数値範囲全般にわたって実験結果が示される必要があります。裁判所も同様の解釈と考えられ、本事例の判決文において、「発明の詳細な説明は,(中略)特許出願時の技術常識を参酌して,当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である」と判示しています。「具体例」を「実験結果」と置き換えれば自説とほぼ同様と考えてよろしいのではないでしょうか。

なお、ある数値範囲に含まれるすべての数値に関して実験結果を示すことは現実問題として不可能です。あくまで当業者が納得できる程度に、複数の数値に関する実験結果を記載すれば足りると解すべきでしょう。


さて、本事例におけるパラメータ発明は、明細書に発明の技術的意味が記載されているといえるでしょうか。本事例のパラメータ発明は、完溶温度(X)と平衡膨潤度(Y)というパラメータに関して、
Y>−0.0667X+6.73 ・・・・(I)
X≧65 ・・・・(II)
という数値範囲を技術的範囲としています。これに対して、特許明細書中に提示されている実験結果は、①完溶温度(X)=71.6℃、平衡膨潤度(Y)=2.4とした場合、②完溶温度(X)=72℃、平衡膨潤度(Y)=2.2とした場合、の二通りのものです。このような実験結果に基づき、当業者は「なるほど、(Ⅰ)式、(Ⅱ)式に示された技術的範囲にわたって課題を解決できそうだな」と納得するでしょうか。

正直な話、当業者の感覚としては①、②の実験結果の数値そのものとした場合に課題が解決できるとは納得できても、(Ⅰ)式、(Ⅱ)式に含まれる他の数値の場合に課題が解決できるか否かは不明、というところではないでしょうか。もちろん私は偏光フィルムに関する当業者ではなくただの知財マニアですので想像するしかないですが、おそらく妥当な結論だと思います。とするならば、本事例ではやはり、発明の技術的意味の記載はなされていない、と結論せざるを得ないと考えます。

なお、36条6項1号の解釈は以上の通りですが、かかる解釈は実際的な観点からも妥当だと考えます。すなわち、発明者(ないし出願人)は、特許権の権利範囲を広く取れるよう特許明細書の記載を工夫するのが通常ですが、かかる工夫は正当な範囲でなされなければならないことはもちろんです。しかしながら、36条6項1号の解釈が昔の特許庁審査基準の内容どおりだった場合、例えばX=1の場合に良好な結果が得られたことを根拠として、課題解決が可能か否か発明者本人もわからない範囲にまで不当に技術的範囲を拡大した特許請求の範囲を記載することが可能となってしまいます。36条6項1号の解釈について裁判所の解釈に従って判断した場合には、このような不当な特許権取得を防止することが可能となりますので実質的な観点からも妥当と考えます。

余談ですが、以上の検討をお読みになった方の中には、「本事例では、事後的であれ実験成績証明書の提出により技術的意味を明らかにしたといえるのではないか、36条6項1号の趣旨からはむしろ特許を認めるべき事案ではないか?」とお考えになった方もいらっしゃるのではないでしょうか。実は管理人は判決文を読んでこのような疑問を感じました。事後的とはいえ本事案の特許出願人は(広義の)審査段階にて技術的意味を明らかにしたと認める余地がありますし、新規性、進歩性の判断の時期的基準の場合と異なり技術的意味の開示時期を特許出願時に限定する必要性はかならずしも認められないとも考えられるためです。

もっとも、現実問題としてはやはり出願時の特許明細書にて技術的意味を開示する必要があるといえるでしょう。確か出願人が提出した実験成績証明書を第三者が閲覧することはできないので、実験成績証明書に記載したのみでは、広く世間に対して発明の技術的意味を「明らかにした」と解することはできません。また、上述した実際的な観点からの妥当性確保のためにも、特許出願時に技術的意味の開示を求める必要があります。従って、諸般の事情を考慮すれば、やはり裁判所の判断は妥当というべきと管理人は考えます。

管理人の怠慢で時間がかかってしまいましたが、パラメータ事件については以上です。次回は、今回と同様に知財高裁の大合議判決であるインクカートリッジ事件について検討します。

パラメータ事件②

前回からかなり時間があいてしまいました。お待ち頂いた方まことに申し訳ありません。

気を取り直して引き続き、パラメータ事件について取り上げます。今回は、本事案で問題となった点のうち、②同号の判断をするにあたって、特許出願後に提出された実験証明書を考慮することは許されるか、③特許庁が規定する同号の判断基準が事後的に変更された場合、変更前の基準と変更後の基準のいずれにより判断するべきか、に関して論じます。説明上の便宜から、まず③について説明し、その後②について説明します。本事案でもっとも重要と管理人が考えた①特許法36条6項1号の「(発明が)『発明の詳細な説明』欄に記載された」といえるためにはどの程度の記載が必要なのか、については次回検討します。

(1)問題点③について
本事案は特許出願にかかる明細書が36条6項1号を満たすか否かが争われたのですが、特許庁では本号を満たすか否かの審査過程を外部に対して明確化するために、「審査基準」という判断基準をあらかじめ定めて公表し、その審査基準に従って判断を行っています。このため、特許出願を行う者は審査基準をあらかじめ参照し、審査基準に適合するよう明細書を作成するのが通常です。

本事案における出願人も、審査基準に適合するよう明細書を作成したのですが、本事案では後に審査基準が改訂され、改訂後の審査基準に従えば原告の明細書は36条6項1号に適合しないこととなりました。かかる事実関係を踏まえて、原告は、本号を満たすか否かの判断は出願時の審査基準に従って行うべきと主張したのです。

映画「シェーン」著作権保護事件で、行政庁の見解は裁判所による法解釈に影響を与えない、とされたことを覚えている方には問題点③の結論がどうなるか明らかでしょう。お察しの通り、裁判所は36条5項1号の解釈は行政官庁たる特許庁の定めた審査基準に拘束されずに行う旨を宣言し、改訂前、改訂後のいずれの審査基準の内容から独立した形で36条5項1号の解釈を行っています。まあ、原告にしてみれば出願時のルールに従って特許出願をしたのに保護されないというのは納得しがたいことですが、映画「シェーン」著作権保護事件でも述べたように、三権分立の関係等からやむをえないことではあります。ただし、本事案の結論としては「たまたま」改訂後の審査基準と同様の解釈がなされており、結局は後付けの審査基準に従った審査がなされたといえるので、管理人個人としては心情的には原告に味方したいところです。

なお、余談ですが、かつてビジネスモデル特許という言葉が一世を風靡しました。「『会議を円滑に進める方法』のような非技術的なアイデアにも特許が認められる!」などと報道されたあれです。ビジネスモデル特許制度は、特許業界のジャイアンとの異名を持つアメリカ合衆国にひきずられて日本国でも導入されたのですが、導入からしばらくしてあまりにもひどいということで審査基準を厳格化して実質門前払いする措置がとられました。このため、緩やかな審査基準に適合するよう出願された初期のビジネスモデル特許出願が、現在ことごとく拒絶査定の憂き目に会っているということです。ビジネスモデル特許の出願人が審決取消訴訟を提起しても本事案と同様の理論で退けられるのでしょうね。

(2)問題点②について
次に、36条5項1号の判断の際に、事後的に提出された実験成績証明書を考慮することが許されるか、という問題点②について検討します。管理人はそもそも事後的に実験成績証明書を提出することが認められることを知らなかったのですが(少なくとも特許法の条文にはそのような規定はない)、現実には実務上広く認められているそうです。この実験成績証明書が何を目的として提出されるかというと、明細書で主張される機能、特性等に関して疑義が生じた場合に、疑義に対して反論するためのようです。いうなれば、特許庁での審査段階における意見書と同様の機能を有しているといっていいのではないでしょうか。実際に、特許庁から出ている審査基準を見ると、意見書と同列の扱いをしているように見受けられます。

それでは、特許出願人はこの実験成績証明書を根拠にいかなる主張をしたのでしょうか。次回説明するように特許法36条6項1号の要件を満たすためには、特許請求の範囲に記載した発明の技術範囲に応じた十分な数の実施例が必要とされます。これに対して、本件特許出願では特許にかかる発明の技術範囲が広範囲にわたる一方で、明細書に記載された実施例がわずか2つだけであり、十分な数の実施例がないとの判断が特許異議申立の段階でなされていました。この判断に反論するため、出願人は特許明細書に記載の実施例のみならず、事後的に提出した実験成績証明書に記載の具体例も考慮の対象とすべきと主張したのです。仮に実験成績証明書に記載した具体例を考慮した場合、実施例(具体例)の数が12となり、特許請求の範囲に記載された発明の技術範囲を十分サポートできると解釈する余地が生まれるためです。
それでは、このような主張は妥当でしょうか。

まず前提として、「実施例」そのものを事後的に明細書に追加することが許されないということに留意する必要があります。何度か本ブログでも述べたように、発明が特許として認められるためには、発明が客観的に新しいという新規性と、発明が容易に思いつかないものであるという進歩性という要件を満たす必要があります。そして、新規性、進歩性の判断がなされる時期的基準は「特許出願時(正確には特許出願前)」となっており(特許法29条1項、2項参照)、かかる時点での技術レベルを基準に発明が客観的に新しいか、容易に考え付くものでないかの判断がなされます。実施例は発明の内容を説明するものであって新規性、進歩性判断の参考資料としての役割を果たすものですから、仮に出願後に思いついた実施例の事後的な追加が認められるとすれば、出願後に第三者が発明した技術を追加することによってその技術に関して不当に独占権を取得できるという不合理な結果が生じかねません。なぜならば、当該技術が出願後に発明された以上、特許出願時に新規性、進歩性を有するためです。このような弊害を回避するため、「実施例」そのものを事後的に追加することはいかなる理由に基づくものであれ許されません。

この点、出願人も実験成績証明書の具体例が「実施例」そのものに該当することは否定しています。あくまで具体例は実施例を補足説明するためのものであるとの前提の下で、36条6項1号の判断材料として考慮すべきと主張したのです。もっとも、その根拠が管理人にはいまいち明らかではありませんでした(管理人の読みが甘いのでしょうが)。強いて理論付けするならば、36条6項1号は、そもそも特許請求の範囲に記載した発明がすべての技術範囲で所定の効果を実現できることを担保するための規定であって、事後的であれ実験成績証明書によって効果の実現が担保できる以上、本号の要件を満たすと解すべき、ということでしょうか。

しかしながら、前回述べたように36条6項1号は、発明公開の代償として特許権を付与するという特許制度そのものを根拠とするものであり、ある発明につき独占権を得るためには、特許明細書上でその発明の技術的意味を明らかにする必要があるということを趣旨とする規定です。だとするならば、実験成績証明書の具体例が特許明細書上で明らかにされたものでない以上、36条6項1号の判断要素として考慮することは許されないというのが素直な解釈ではないでしょうか。裁判所も同様に解釈しており、問題点②については、「発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されない」ことを理由に出願人の主張を否定しています。

また、出願人が主張するように実験成績証明書の具体例が実施例を補足するものであるとすれば、具体例はあくまで実施例に従属するものであって、実質的にも別個の実施例として扱う余地はないということになります。であるならば、本件でも実施例はあくまで2つに過ぎないこととなり、反論としての説得力に欠けるのではないかと考えます。

今回はここまでです。次回は、問題点①について検討します。
  

パラメータ事件①

前回は、知財高裁で初めて大合議の対象となった「一太郎」特許侵害事件を扱いました。前回の一連の記事をまとめるに当たって管理人は判決文をかなり読み込んだのですが、なかなか読み応えがあってマニア心をくすぐる素敵なものでした。ということで、今回も前回に引き続き知財高裁の大合議の対象となった事案を扱います。すなわち、今回取り上げるのは、、数値部分に特徴を有するパラメータ発明に関する特許出願に対してなされた特許査定を取り消すべきか否かが争われた事案である、いわゆる「パラメータ事件」です。

本事案では、一旦特許庁から特許査定がなされた発明に関して、特許異議申立(後述)によって特許性が否定され、このことを不服とした特許出願人(正確には「特許権者」ですが、分かりやすい表現にします)が知財高裁に審決取消訴訟を提起しました。そして、この審決取消訴訟において、本件発明を記載した特許明細書が、特許法に定める明細書の記載要件、具体的には現行の特許法36条6項1号に規定された「(特許請求の範囲に記載される)『特許を受けようとする発明』が発明の詳細な説明に記載したものであること」という要件を満たすか否かが問題となりました。

<ちょっとした注釈>
「明細書」というと給与明細のようなものを想像される方もいらっしゃると思いますが、特許の世界での「明細書」とは、発明の内容を細かく記載した文書のことをいいます。学術論文のような技術文献をイメージしていただくとわかりやすいでしょう。また、最近の法改正により、明細書の一部だった「特許請求の範囲」が別文書の扱いとなりました(つまり旧法の「明細書」=現行法の「明細書+特許請求の範囲」)が、本事案は旧法の適用を受ける事件ですので、特許請求の範囲を明細書の一部とした旧法の定義によることとします。

「特許異議申立」とは、一旦特許庁により特許査定がなされた発明に対して、第三者が「それはおかしい」として再度の審査を申し立てる制度です。現行法では廃止(特許無効審判と一本化)されましたが、かつては利害関係を有さない第三者にも特許見直しを求める機会を与えることによって特許庁の判断の誤りを是正し、適正な特許権付与を実現するという目的で本制度が設けられていました。また、特許異議申立は、無効審判と同様に、専門官庁たる特許庁によってなされる審判手続であり、その判断を尊重する趣旨から、事実上第一審としての扱いを受けていました。従って、特許異議申立における特許庁の決定に不満を持つ者が審決取消訴訟を提起するに当たっては、東京地裁ではなく、直接知財高裁に提起することとされています。
<注釈終わり>


本事案では現行の特許法36条6項1号の解釈に関して、以下の3つの点につき争いが生じました。すなわち、①特許法36条6項1号の「(発明が)『発明の詳細な説明』欄に記載された」といえるためにはどの程度の記載が必要なのか、②同号の判断をするにあたって、特許出願後に提出された実験成績証明書を考慮することは許されるか、③特許庁が規定する同号の判断基準が事後的に変更された場合、変更前の基準と変更後の基準のいずれにより判断するべきか、という点について争われ、知財高裁の大合議による判断が下されました。

知財高裁がいかなる判断をしたかについては次回以降に検討することとして、今回は前提論点として、本事案で問題となっている特許法36条6項1号の趣旨について検討したいと考えます。本号によって「特許請求の範囲」欄に記載されている発明を、わざわざ「発明の詳細な説明」欄にも記載すべきとした理由はどこにあるのでしょうか。

「特許請求の範囲」欄は、特許を受けようとする発明(つまり特許庁の審査対象)を明らかにする(特許法36条5項参照)とともに、特許権の権利範囲(正確には「技術的範囲」)を定める(特許法70条参照)という機能を有します。このような機能を果たすため、特許請求の範囲の記載では、発明の技術的範囲を画定することが最優先となり、画定に必要となる発明の構成のみを記載するというのが通常の書き方となります。また、出願人は、特許権の権利範囲をなるべく広くしたいと考えるのが人情ですから、エンジン、ギアといった具体例(下位概念、技術的範囲は狭い)ではなく、動力発生手段、動力伝達手段といったような抽象的な表現(上位概念、技術的範囲は広い)を多用することになります。要するに、特許請求の範囲に記載された内容は、一見してよく分からないものが多いです(百聞は一見に如かずで、一度特許電子図書館で明細書の現物を見てみると面白いと思います。管理人が当初「書いた本人にも分からないんじゃねーの?」と思ったくらい、難解な表現で書かれてます)。

特許請求の範囲における記載内容が良く分からないと何が困るでしょうか。まず、現実問題として特許庁の審査が困難となります。前回説明した進歩性の有無を判断するに当たっては、特許を受けようとする発明の内容が分からなければ話になりません。容易に発明できたかどうかを発明の構成のみから判断することは困難であり、発明の構成要素の作用であるとか、発明が実現する効果等を把握して初めて進歩性の有無が明らかにできるものと思います。このような、審査上の問題という現実面から「発明の詳細な説明」欄に発明の細かな説明がなされる必要があり、36条6項1号はかかる必要性を満たすために規定されたとも考えられます。

もっとも、管理人は、この事実上の理由は36条6項1号を設けた直接的な理由とはならないと考えます。特許庁としては発明が良く分からなければ「発明の内容が不明確です」といって特許を認めることを拒絶(拒絶査定、といいます)すればよいだけの話で(特許法36条6項2号参照)何も困りません。困るのは特許査定を欲する出願人の方ですから、わざわざ特許法で規定しなくとも、審査に必要な情報については出願人の側で任意に記載するでしょう。

それでは、本号を設けた趣旨はどこにあるのでしょうか。管理人は、本号を設けた趣旨は、「発明の保護と利用を通じた産業の発展」(特許法1条参照)という特許法の目的の実現にあると考えます。すなわち、そもそもどうして特許制度を設けたかといえば、産業の発展を図るためです。そして、産業の発展をどうやって実現するかといえば、特許法1条によれば発明の保護と利用を図ることによってです。「発明の保護」とは、具体的には発明者(正確には発明を特許出願した者)に独占権たる特許権を付与することを意味します。これに対して、「発明の利用」とは、発明者以外の第三者が特許発明を将来の発明完成のための技術的資料として利用すること、および特許権が消滅した後に発明の内容を自由に実施することを指します。これら発明の保護と利用の双方を促進することによって、結果として産業を発達させようというのが特許制度の本質です。

ところで、「発明の利用」を可能とするためには、当業者が発明の内容を技術的に理解しうることが前提となります。なぜならば、技術的な理解がないまま発明の構成のみを基礎とした場合には、せいぜい特許発明のデッドコピー程度のものしか考えつくことは出来ません。特許発明を基礎とした新たな発明をするためには、特許発明に対する技術的な理解が必要不可欠といえるでしょう。そして、特許発明の技術的理解を可能とする情報は、当然のことながら発明を完成した者のみが有します。このため、「発明の利用」を実現するためには発明者(出願人)が発明の技術的意味までを公開することが必要であり、発明の保護と利用を図る特許制度の趣旨からは技術的意味までの公開が特許権付与の当然の前提となると解されています。なお、このことを指して、一般に「特許権は、新規発明の公開の代償として与えられるものである」などと言われます。

もっとも、発明者にとってみれば自分以外の第三者を利することとなる「発明の利用」に貢献したくないと考えるのが通常で、なるべく技術的意味をあいまいにした形で発明を公開しようとするのが人情というものです。そこで、発明の技術的意味の公開を含めた実質的な「新規発明の公開」を担保するため、特許法36条6項1号を規定して発明者に発明の内容を詳しく説明させることとしたのです。

<まとめ>
明細書の記載要件といいますと、「所定の様式に従わなければならない」といったような形式的なものをイメージしがちですが、本事案で問題となった36条6項1号は法目的を根拠とした実質的な要件であることが分かるかと思います。だからこそ本号の解釈が訴訟上問題となるのであり、かつ本号の解釈が上述した①〜③の3つの争いの結論に影響を与えることとなるのですが、それは次回のお楽しみということで一旦締めさせていただきます。

「一太郎」特許侵害事件⑤

完結編です。前回、本事案における特許権の有効性の判断では進歩性の有無が問題となり、進歩性とは当業者が公知技術に基づき容易に発明できない程度の困難性であることを前提とした上で、裁判所の判断について説明しました。具体的には、裁判所は、①代替技術の周知性、②顕著な効果なし、③代替技術使用という発想に著しい困難性なし、という判断を踏まえて進歩性なし、と判断しています。以下、このような裁判所の判断について独断と偏見に基づく管理人の見解を説明します。

まず、②の「顕著な効果なし」について論じます。このことを進歩性の判断要素とすることに疑問を持った方がいらっしゃるのではないでしょうか。すなわち、発明の容易性の判断対象は発明完成に至るまでの「創作行為」であるのに対して、効果の顕著性の判断対象は完成した発明そのものという「結果物」であって、両者は評価対象を異にします。より端的に言えば、すばらしい効果を発揮するものであっても、発明完成自体は容易であることも十分ありえるのであって、『結果物としての発明が「顕著な効果を発揮する」ならば「容易に発明できない」』という論理関係は存在しません。理屈はその通りで、管理人も初めて「顕著な効果の有無」という要件を聞いたときには違和感を持ちました。

もっとも、進歩性という無効理由を設けた趣旨として、独占排他権という強力な権利であるがゆえに権利付与のハードルを厳しくしたという考えを採用すれば、「発明が顕著な効果を発揮するか否か」という要件も権利付与に対するハードルとなりえる以上、進歩性の趣旨に反するとまではいえません。また、実質的に考えても、すばらしい効果を発揮できる発明に対しては、特許権を与えて積極的に保護することが産業の発達に寄与すると言うべきでしょう。さらに、効果の顕著性と発明の容易性の間の論理関係に関しても、
「顕著な効果を発揮する発明である以上、仮に容易に発明することが可能であれば、誰もが実施しているであろう」
→「少なくとも新規性を有する(客観的に新しい)以上、誰も発明を完成していないと認められる」
→「とすれば、当業者にとって発明を完成させるのに困難な事情があるのではないか?」
という関係であれば認められるのではないでしょうか。すなわち、論理関係の上でも、「顕著な効果あり=進歩性あり」とまではいえなくとも、「顕著な効果あり=進歩性があるとの事実上の推定」程度のことは認めてもよいのではないか、と管理人は考えます。

*なお、いろいろ調べてみたところ、特許庁の実務では「有利な効果」があるという事実は、「進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。」という扱いです。あくまで「有利な効果」であって「顕著な効果」ではない点に注意が必要ですが、「事実上の推定」よりは弱い扱いのようですね。裁判所の過去の判断については調べることが出来ませんでしたが、おそらくは同様の扱いなのではないでしょうか。従って、本事案でも②の要件を満たすことのみを根拠として進歩性の存在が認められる、というわけではないようです。

また、「顕著な効果」と似て非なるものに、発明を製品化した際の商業的成功があります。商業的成功が得られるような発明を完成させるのは容易ではない、という理屈に基づくのでしょうか、商業的成功を根拠として進歩性がある旨の主張がなされることがしばしばあるようです。製品開発ないし製品販売に関わっている方であれば容易に理解可能であるように、実際に製品が売れるか否かは、その製品の技術的価値のみによって決まるとはいえません。その製品が時代のニーズにマッチしていたとか、宣伝広告が巧みであった等の理由によってもヒット商品は生まれうるためです。このような背景があるためか、裁判所、特許庁ともに、商業的成功を進歩性の存否の判断要素とすることを一貫して拒んでいます。


次に、①の「代替技術の周知性」と③代替技術使用に著しい困難性なし、という2つの要件につき論じます。これらの要件は、いずれも発明を完成させるに当たって組み合わせるべき技術に関するという共通性を有しますが、両要件の関係をいかに解するべきなのでしょうか。

結論からいえば、管理人は、要件①が原則、要件②が原則を否定する例外事由だと考えます。すなわち、代替技術が周知であれば、(要件②の不存在も含めて)特段の事情がない限り進歩性の存在が否定されますが、代替技術採用に著しい困難性があれば、それを特段の事情として進歩性の存在が肯定される、という関係に立つと考えます。なぜならば、周知技術とは当業者であれば当然知っているような当たり前の技術である以上、一般的に発明をしようと考える者は従来知られた技術にとりあえず周知技術を組み合わせてみるのが通常であり、周知技術の組み合わせは本来的に容易になされるものと考えられるためです。一方で、周知技術を使用することが著しく困難となるような特段の事情があるならば、発明をしようとする者は周知技術を使用しないのが通常です。そして、その場合には周知技術を使用した発明を完成させることは容易とはいえず、進歩性が肯定されるべきです。この意味で、要件③は要件①に対する例外事由として機能すると考えます。


*以下、余談でありディープな世界のお話です。また、管理人独自の世界が展開されているので、以下の事項を常識と考えると痛い目にあう可能性が高いですのでご注意を!*

なお、本事案の発明は基礎となる技術(乙18号発明)の一部を削除した上で、削除した部分に周知技術を当てはめています。一部を削除したという特殊性はあるものの、このような発明は、広義の意味においては、複数の従来技術を組み合わせた「組合せ発明」に含まれるといってよいでしょう(なお、組合せ発明は公知技術を組み合わせたものとするのが一般ですが、本稿では周知技術を組み合わせたものも含むものとして扱います)。ところで、組合せ発明に関する進歩性の有無の判断基準には、大きく分けて2通りのものがあると言われています。

一つは、発明の構成が複数の技術の組合せに過ぎない以上、原則として進歩性の存在が否定され、例外的に技術を組み合わせることに著しい困難性が認められる場合には、進歩性の存在を肯定する、という考え方です。すなわち、本事案で裁判所が用いた基準と同様の基準です。このような判断基準を便宜上、原則否定・例外困難性必要説と称します。

もう一つは、発明が複数の技術を組合せであることのみでは足りず、複数の技術を組み合わせる積極的な動機付けの存在が認められた場合にのみ進歩性の存在を否定する考え方です。このような判断基準を便宜上、原則肯定・例外動機付け必要説と称します。

両基準の内容から明らかなように、原則否定・例外困難性必要説では発明の進歩性が認められにくいのに対して、原則肯定・例外動機付け必要説では発明の進歩性が認められやすいという特徴があります。このため、「昔は原則肯定・例外動機付け必要説で特許が認められやすかったのに最近は原則否定・例外困難性必要説となってしまい特許が容易に成立せず、プロパテント化政策に反している」なんて批判がなされたりします(注:批判の当否そのものについては留保)。

これら2つの判断基準に関してはいずれを採用すべきか、であるとか、裁判所がいずれを採用しているか、という議論がなされています。さまざまな考え方があるとは思いますが、管理人は、いずれかの基準が正しい、ということはなく、両者はケースバイケースで使い分けられるべきものではないか、と考えます。理由は以下の通りです。

およそ判断基準というものは、「基準」である以上ルールとして画一的な判断ができる性質のものである必要があります。一方で、常に画一的に判断してしまうと結論の妥当性が図れない場合があり、結論の妥当性確保のため一定の範囲で判断者の裁量の余地を残しておく必要があります。このような事情があるため、特に裁判所の判決で基準が定立される場合には、「原則として〜である(「原則」と断ることで例外を認める余地を確保)」とか、「特段の事情がない限り〜である(特段の事情があれば例外を認めるということ)」といった表現を用いるのが通常です。

判断基準に関するこのような扱いに鑑みれば、単に定型的に進歩性がないと認められる場合には結論の妥当性を失わないため例外事由として困難性がないかを検討し(つまり、原則否定・例外困難性必要説)、定型的に進歩性があると認められる場合には結論の妥当性確保のため例外事由としての積極的動機付けがないかを検討する(原則肯定・例外動機付け必要説)というだけのことのような気がします。両説の採否は国際協調とか、産業政策といった大それた理由には拠らないのではないでしょうか。

なお、自説では定型的判断に用いられる事実と、例外事由の判断に用いられる事実の区別が問題となります。定型的判断に用いられる事実としては、類型的な事実、例えば技術分野、課題、作用に関する共通性の存在などが挙げられると思います。一方で、例外事由の判断に用いられる事実としては個別具体的な事実、例えばA+Bという発明に関して、Aという技術を記載した文献に、「Bと組み合わせてみたがうまくいかなかった」といった記載があれば例外事由としての困難性が認められるのではないでしょうか。

以上、自説をとうとうと述べました。進歩性に関しては様々な専門家が論文等で考えを発表しており、その中に管理人のような考えを採用したものが見当たらないことからすると、マニアとして検討が不十分なところがあるのかな、と思います。余談部分については管理人の現在における仮説ということで、将来がらっと変わる可能性もあることにご留意願います。