Winny裁判②

それでは各論に入ります。以前書いたように、幇助罪が成立するためには①正犯の存在、②問題となっている行為が正犯を幇助したものである、③正犯を幇助することにつき、故意が存在、というすべての要件を満たす必要があるため、各要件につき順次検討します。

(1)正犯の存在(要件①の存否)
「正犯」とは、「自ら犯罪を実行した者」ないし「自己の犯罪を行った者」と定義されます(刑法総論講義案(司法協会発行)p75参照)。より分かりやすくいうと共犯以外の犯罪を行った者のことであり、イメージとしては一般的な意味での「犯罪」を行った者をいうと考えてよいかと思います。


本事例でいえば、著作権侵害行為を自ら行った者が「正犯」であって、具体的には、Winnyを使用して他人の著作物のデータを違法にアップロードした者が「正犯」に該当します。
このような「正犯」が現実に存在していたことについては、特に議論の余地はないでしょう。従って、「①正犯の存在」という要件は満たされるものと考えます。


(2)幇助行為(要件②の存否)
次に、要件②の「問題となっている行為が正犯に対する幇助に該当する」か否かを検討します。
「幇助」とは、「正犯以外の者による、正犯の実行を援助し、容易ならしめる行為」と定義されます(刑法総論講義案p353参照)。
ここで、「援助」ないし「容易ならしめる」とは、物理的ないし精神的に援助等がなされていれば足りるとされている(例えば、東京高判平2.2.21参照)。
また、「幇助」が成立するためには、幇助犯と正犯とが意を通じている必要はありません。それどころか正犯が幇助行為の存在を認識していなかった場合でも幇助犯は成立しえます(大判大14.1.22参照)。なお、意を通じていた場合には幇助犯ではなく、より刑の重い共同正犯(刑法60条)の成否が問題となります。


本事例で問題となっているWinnyは、データアップロードにおける匿名性が従来よりも高いという特徴を有しているとのことです。他人の著作物のデータを違法アップロードしようと考える者は、その行為が違法であることを認識しているのが通常であり、身元が明らかになって逮捕されることを恐れるが故に現実には違法アップロード行為を慎んでいるものと推測できます。これに対して、Winnyを使えば匿名性が保たれるために逮捕の恐れが低くなり、心理的な抵抗感が除去されて実際にアップロード行為がなされるものと考えることが可能です。
事実関係がどうであったかは立証の問題もあり定かではありませんが、上述の関係が成立することを前提とすれば、Winnyをダウンロード可能な状態に置くという行為は正犯の実行を物理的に援助するものと認められるのではないでしょうか。従って、「②問題となっている行為が正犯を幇助したものである」という要件は満たされるものと考えます。


(3)故意(要件③の存否)
「故意」とは、「犯罪の客観的構成要件に該当する事実を認識・認容している心理的状態」と定義されます。「犯罪の客観的構成要件」とは、本事例の場合、要件①、②のことを指します。また、「認識」とは、事実が確実に発生するという確定的認識に限定されず、発生することが可能であるという程度の未必的認識でも足りるとされます。さらに、「認容」とは、事実の発生に対して「仕方がない」「やむをえない」とする心情をいいます。
例えば、殺人罪における「認容」とは、死んでも仕方がない、やむをえないとする心理状態を指します。殺人事件の容疑者の供述内容としてしばしば報道される「死んでもかまわないと思った。今は反省している」といった発言もこの類です。

なお、故意の定義については学説上争いがあり、単に犯罪の事実を認識していれば足りるという認識説、犯罪の事実を実現することを積極的に意欲していることまで要求する意欲説等もあります。ただし、現実の裁判例では上述の認識・認容を要求する考え方(認容説といいます)が採用されていると考えられています(刑法総論講義案p99参照)。


認容説に従えば、本事例でも要件①、②に該当する事実の実現を積極的に意図している必要は無く、認識・認容していれば足りると考えられます。そして、それまでに類似ソフトによって違法アップロード行為がなされていたこと、およびWinnyが類似ソフトに比べて匿名性が高い等の特徴を有していること等を考えればソフトの作者たる被告人がWinnyを用いた違法アップロード行為がなされる可能性を認識していないとは考えづらく、「認識」が存在することについては争いはないと考えます。
一方、「認容」についてはどうでしょうか。報道によれば被告人は既存の著作権法に対して批判的であり、また、現に違法アップロード行為が広く行われるにいたった後もソフトの改変ないし公開停止等の対策を採らなかった点を重視すれば、認容していたと考えるのが妥当でしょう。


(4)結論
以上の通り、Winny裁判では幇助罪の成立要件①〜③について、いずれも満たすのではないか、すなわち幇助罪が成立するのではないか、というのが私の見解です。もっとも、要件③の故意の存在については、本当に「認容していた」といえるのか?という疑問は若干あります。もしかしたら上級審でひっくり返るのかもしれません。

ネット上でなされていた主張についての検討は、また次回へ。